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静岡地方裁判所 昭和34年(行)9号 判決 1964年3月31日

原告 間嶋虎七

被告 静岡県知事 外一名

主文

原告の請求はすべて棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因ならびに本案前の抗弁に対する主張

原告訴訟代理人は、「被告静岡県知事が昭和三二年四月一〇日付でなした被告斉藤寿夫に対する別紙第一記載の内容の旅行命令および同月一二日付でなした同県出納長に対する別紙第二記載の内容の支出命令は、いずれも取り消す。被告斉藤寿夫は訴外静岡県に対し、金一、三三三、〇一〇円およびこれに対する昭和三二年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求め、その請求の原因等として次のとおり述べた。

一、原告の資格

原告は、静岡県の住民であつて、請求の趣旨前段記載の静岡県知事のなした旅行命令および支出命令にもとづく公金(旅費)の違法な支出(その詳細は後記のとおり)について、昭和三四年一月一七日県監査委員に対し、地方自治法第二四三条の二第一項により右各命令を取り消し、右支出金額を返還させる措置を講ずることを求める監査請求をなしたが、監査委員は同月三一日原告に対し、前記の公金の支出についてなんら違法な事実は存しない旨を通知してきた。

しかし、前記の公金の支出が違法なものであることは、以下のとおり明らかであるから、原告は本訴請求におよんだしだいである。

二、旅行命令および支出命令の発令等

被告静岡県知事(斉藤寿夫)は、請求の趣旨前段記載の旅行命令および支出命令(以下、本件旅行命令および支出命令という)を発し、右支出命令にもとづき、同県出納長は被告斉藤寿夫に対し、そのころ右旅行命令による旅行の旅費として右支出命令の金額の公金を支出した。

三、旅行命令および支出命令の違法性

しかし、本件旅行命令および支出命令は、以下のとおりのかしを有する違法なものであるから取り消されるべきである。

(一)  旅行命令について

1、本件旅行命令は、被告斉藤が静岡県知事として地方自治法第二条所定の県の事務を行なうために発せられたものではなく、その私的旅行のために発せられたものである。すなわち、被告斉藤はその当時、訴外静興貿易株式会社(静岡県清水市に本店を有する貿易商社)の顧問を兼ねており、同会社顧問として同会社のため海外における「茶、みかん、雑貨の市場調査および販路拡張」の用務で、本件旅行命令の旅行日程と同一の旅行をなしたのであるが、本件旅行命令は右私的旅行のために発せられたのである。

2、そうでないとしても、本件旅行命令の内容は、旅券法ないし外国為替管理法令(当時施行のもの)に違反しなければ実現できないものであつたところ、被告知事はこのことを認識しながらがい命令を発したのであるから、本件旅行命令は違法なものといわなければならない(旅行命令の発令はき束裁量の処分であるが、かりに自由裁量の処分としても、裁量権の濫用ないしゆ越である)。

(イ) 外国旅行をする者は有効な旅券を所持し、出入国のさいはこれにその証印を受けなければならないから(出入国管理令第六〇条、第六一条参照)、外務大臣から旅券の発給をうけなければ外国旅行は法律上不能ないし法律に違反しなければ実現不可能なものである。しかるところ、被告斉藤は本件旅行命令の名宛人すなわち静岡県知事斉藤寿夫としては旅券の発給をうけていないのである(昭和三二年四月一〇日付で前記会社顧問斉藤寿夫として一般旅券の発給をうけているに過ぎない)。しかるに、被告知事は右の事実を認識しながら(自然人としては旅行命令権者たる被告知事とがい命令の名宛人たる被告斉藤とは同一人なのであるから、被告知事にこの認識があつたことは明白である)、あえて本件旅行命令を発したのである。

(ロ) 本件旅行命令の発令およびそれによる旅行の当時は、外貨資金特別割当制度(昭和二八年八月一五日附、蔵為第二二九三号及び二八通第一八一三六号日本銀行総裁宛、大蔵大臣及び通商産業大臣通牒〔輸入貿易管理令およびこれに基づく命令ならびに外国為替管理令およびこれに基づく命令の規定の範囲内において、輸出者等にいわゆる特別外貨資金の使用を認めるもの〕)による特別外貨資金を使用することができる者を除いては、外国為替管理令第一一条により大蔵大臣の許可をうけなければ外貨資金を使用することしたがつて外国旅行をすることは法令上不能ないし法令に違反しなければ実現不可能であつた。そこで被告斉藤は、たまたま前記会社の顧問の地位にあるのを利用して知事として県の事務を行なうために外国旅行をするのにかかわらず、前記会社の顧問として同会社のために「茶、みかん、雑貨の市場調査および販路拡張」の用務で外国旅行するものであるといつわり、昭和三二年四月三日付で日本銀行から、特別外貨資金の使用について許可を得、これによつて知事としての旅行をなしたのである。

ところで特別外貨資金は、商社の役員または使用人(顧問はこの中に含まれる)についてみると、「貿易の振興に関して本邦外に旅行し、または滞在するための費用。」(前記制度実施要領別表第一第五号、第二第一号)の外国へ向けた支払(貿易外支払)についてのみこれを使用することができるのであつて、右の「貿易の振興に関し」とは、「当がい輸出者等自身のための貿易の振興に関し」という意味であり、国または地方公共団体の職員や政治家などが、公共的見地から国または地方公共団体の貿易一般の振興に関し本邦外に旅行または滞在するための費用の支払についてまで特別外貨資金を使用することを認める趣旨でないことは、右制度の目的に徴して明らかである。

しかるに、被告知事は以上の事実を認識しながらあえて本件旅行命令を発したものである。

(二)  支出命令について

1、本件支出命令は、前記(一)のとおりのかしを有する違法な本件旅行命令にもとづき発せられたものであるから、その前提たる旅行命令のかしを承継した違法なものであり、旅行命令が取り消されるべきものである以上、支出命令も取り消されるべきであるといわなければならない。

2、そうでないとしても、本件支出命令の発令にはその固有のかしとして、次のとおり「静岡県出納室処務規程」(昭和三一年訓令甲第二四号)に違反する事実があるから、本件支出命令は地方自治法第一四九条第四号、第一五三条第一項に違反し、取り消されるべき違法なものである。すなわち、本件支出命令は出納室長外山良造が知事の代理としてその発令を決裁しているのであるが、右規程によると出納室長の専決事項は「県費の一廉五〇万円未満の支出命令に関すること」と規定されている(第一二条第二項第二号)から、外山出納室長には本件支出命令の発令について代理決裁する権限がないといわなければならない。のみならず、同条によれば、出納室長は、一応その専決事項に属するものであつても、それが重要もしくは異例であると認められるばあいは決裁する権限を有しないのであつて、本件支出命令が特別外貨資金を使用する外国旅行の旅費の支出についてであり、しかも予算上予備費を流用していることからみて、重要かつ異例のものであることは明らかなので、前述の金額の点を別としても、この点からも、本件支出命令の発令が出納室長の専決事項に属しないことは当然のことである。

したがつて、本件支出命令は権限のない者の発した違法なものであるといわなければならない。

四、かりに、本件旅行命令および支出命令が適法有効なものであるとしても、本件旅行命令により被告斉藤がなした現実の旅行は、訴外会社の顧問としての同会社の用務による私的旅行であるから、同被告に対する旅費(公金)の支出は違法である。

五、以上のとおりであるから、右各命令を取り消し、被告斉藤に対し、右支出命令にもとづき支出された一、三三三、〇一〇円およびこれに対する右支出の日の後である昭和三二年五月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、損害の補てんとして県に支払うことを命ずる旨の判決を求める。

六、本案前の抗弁に対する主張

本件旅行命令取消の請求は、地方自治法第二四三条の二第四項の規定による訴であつて、旧行政事件訴訟特例法第二条の抗告訴訟ではないから、出訴期間に関する同法第五条の規定は右請求には適用されない。かりに、右特例法の規定の適用があるとしても、原告は出訴期間内である昭和三四年七月二八日被告知事の本件旅行の違法なことを理由としてその旅費の支出命令の取消およびこれにもとずく損害の補てんを請求の趣旨とする訴状を当裁判所に提出し、その後右請求の趣旨を旅行命令および支出命令の取消ならびに損害の補てんを求めると訂正したもので、旅行命令の取消の請求は当初から訴状に包含されているものであるから、出訴期間を懈怠したことにはならない。

七、被告らの本件旅行命令および支出命令が適法有効なものである旨の事実上および法律上の主張はすべて争う。

第二被告らの答弁および抗弁

被告ら訴訟代理人は、まず、本訴請求中旅行命令取消の部分について、請求却下の判決を求め、ついで、主文同旨の判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

本案前の抗弁

本訴請求中、本件旅行命令取消の部分は、原告の監査請求に対し監査委員が請求にかかる違法な事実はない旨を通知した昭和三四年一月三一日から六か月以上を経過した同年一〇月一五日に訴の提起がなされたものであるから、旧行政事件訴訟特例法第五条第一項、第四項に違反し、不適法として請求を却下すべきである。

本案の答弁

一、請求原因一のうち、原告が静岡県の住民であり、その主張のとおり、本件旅行命令および支出命令にもとづく公金(旅費)の支出について、監査委員に対し監査請求をなしたが、監査委員は原告に対し右支出についてなんら違法な事実は存しない旨を通知したことは認めるが、その余は争う。

二、同二の事実は認める。

三、同三の冒頭は争う。

三(一)1については、被告斉藤が原告主張の会社の顧問を兼ねていることは認めるが、その余は争う。

本件旅行命令は、被告斉藤が静岡県知事として県の地方自治法第二条第三項第一三号、第一五号、第五項第四号の事務を行なうために発せられたものである。そしてその事務の内容は具体的にいうと、輸出貿易関係面、海外移住関係面、行政視察関係面の三つにわたるのであるが、なかんずく輸出貿易関係面を主とするものである。

ちなみに、静岡県は昭和三一年の輸出総額五三六億円、同三二年のそれは五八六億円弱におよぶ我が国有数の輸出貿易の盛んな県であり、輸出貿易の振興は県政の担当者たる知事にとつてきわめて重要な課題であつたのである。

三(一)2の冒頭は争う。旅行命令は自由裁量の処分であり、被告知事はその裁量権の範囲内で本件旅行命令を発したものである。

三(一)2(イ)については、被告斉藤が昭和三二年四月一〇日付で一般旅券の発給をうけたことは認めるが、その余は争う。一般旅券の名宛人はたんなる自然人であつて、一定の資格、地位と結びついた自然人ではない。すなわち、被告斉藤は「斉藤寿夫」として旅券の発給をうけたのであつて、「静岡県知事」ないし「静興貿易株式会社顧問」たる斉藤寿夫として発給をうけたのではなく、そもそもかかる旅券の発給は旅券法の認めないところである。

同(ロ)については、本件旅行命令発令およびそれによる旅行の当時、原告主張のとおり外貨資金特別割当制度が存し、被告斉藤は訴外会社顧問として原告主張の用務を理由に特別外貨資金の使用の許可を得、これによつて右旅行をなしたことは認めるが、その余は争う。

被告斉藤は、本件旅行命令発令当時、適法に原告主張の外貨資金使用許可をうけていたのであるから、外国為替管理法令違反を前提とする原告の主張は失当である。かりに、同被告に右法令違反の事実があつたとしても、このことは行政上の必要にもとづく本件旅行命令の発令を違法ならしめるものではない、というべきである。

三(二)については、本件支出命令の発令について原告主張のとおり出納室長が代決していること、その当時出納室長の専決事項について原告主張の訓令の規定が存したことおよび本件支出命令による支出は予備費を流用してなされたことは認めるが、その余は争う。

本件旅行命令は適法有効なものであるから、これにもとづき、県は被告斉藤に対し、それによる旅行のために必要な旅費を支弁、支給する義務を負う(地方自治法第二二八条、第二〇四条第一項)ので、「知事、副知事及び出納長の給料、期末手当及び旅費支給条例」第四条、「静岡県職員の旅費に関する条例」第一四条、第一八条、第一九条、第三二条ないし第三五条により所定の旅費について本件支出命令を発したのであつて、その適法有効なものであることは明らかである。

なお、出納室長が本件支出命令の発令について代決をしている点が適法であることは、次のとおりである。

原告主張の出納室処務規程施行以前(昭和三一年七月三一日以前)は、昭和二五年訓令甲第五〇号「静岡県庁処務規程」により出納室の所管分掌事項は総務部会計課に属していたが、その当時から慣例上「給与、旅費」については、定期的ないし定額的なもので計算の基準が明確で、かつ、件数も夥多にのぼることなどの理由から、とくに会計課長限り処理することになつており、出納室設置後も右慣例に従い会計課長に相当する出納室長において処理していたので、本件支出命令についても同様に処理したに過ぎず、なんら違法なそ置ではないのである。ちなみに、この慣例はその後昭和三五年四月一日施行の「静岡県財務規則」第三〇条において「報酬、吏員給、退職手当、普通旅費……その他支給基準が別に定められている経費」についての支出命令は、金額の多少にかかわらず主管課長の専決事項とする旨規定されて明文化しているのである。

したがつて、出納室長は右代決の権限を有していたものというべく、そうでないとしても、右代決はそのころ知事の承認(追認)をえているものというべきである。

四、同四は争う。

五、以上のとおりであるから、原告の本訴請求はすべて失当であるというべきである。

第三証拠関係<省略>

理由

第一本案前の抗弁について

被告らはまず、本訴請求中旅行命令の取消を求める部分は、旧行政事件訴訟特例法第五条第一項、第四項に違反するから、請求を却下すべきである、と主張する。

しかしながら、地方自治法第二四三条の二第四項の規定による本訴請求については、公共のために広く訴訟の機会をみとめて地方公共団体の公正を保持しようとする法の趣旨からして、被告ら主張の出訴期間の制限に関する規定の適用はないと解すべきである。したがつて、右抗弁は失当である。

第二本案についての判断

一、争いのない事実

次の事実は当事者間に争いがない。すなわち、

(一)  原告は本件訴訟の提起について、適法に地方自治法第二四三条の二第一、二項所定の手続を経ていること。

(二)  被告斉藤は静岡県知事であるが、訴外静興貿易株式会社(静岡県清水市に本店を有する貿易商社)の顧問を兼ねており、昭和三二年四月三日付で日本銀行から、同会社の顧問として同会社のために「茶、みかん、雑貨の市場調査および販路拡張」の用務で外国旅行をすることを理由に、原告主張の外貨資金特別割当制度による特別外貨資金の使用の許可を得たこと。

(三)  被告斉藤は同月一〇日付で一般旅券の発給をうけたこと。

(四)  被告静岡県知事(斉藤寿夫)は本件旅行命令および支出命令を発し、右支出命令にもとづき、同県出納長は被告斉藤に対し、そのころ旅行命令による旅行の旅費として右支出命令の金額を支出したこと。

右支出命令の発令は、出納室長外山良造が被告知事の代理として決裁したのであるが、その当時支出命令に関する出納室長の専決事項については、原告主張の訓令の規定が存したことおよび本件支出命令による支出は予算予備費を流用してなされたものであること。

二、成立に争いのない甲第一号証の一ないし八、第二ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第一〇号証、乙第三号証の二、証人村西淳一、磯達夫の各証言、同黒田清治、外山良造、岩崎祐一、木内新次の各証言の一部および被告知事兼被告斉藤寿夫本人尋問の結果の一部(後記そ信しない部分を除く)を合わせると、次のとおり認められる。

(一)  静岡県知事である被告斉藤は、昭和三二年三月上旬、県議会において、翌四月ごろから六月ごろにかけて、海外視察のため、アメリカ合衆国、カナダおよびブラジルへ外国旅行をする旨の意思を表明したこと。

(二)  そこで、県企画調整部総務課長岩崎祐一ら外事、渉外事項の事務担当者は、直ちに外務省へ赴むき、関係機関に対し、知事の外国旅行のために外貨資金の使用の許可をうけられるかどうか見通しをたずねたところ、現在および近い将来においては、外貨資金がきわめて不足している状態なので、前記特別外貨資金を使用することのできない一般人について外貨資金使用許可の見込みはすくない旨告げられたこと。

(三)  しかし、知事の外国旅行は外部的に発表された既定方針なので、被告斉藤は岩崎課長らに、「自分は静興貿易株式会社の顧問(無給で、それまで顧問としての仕事はなんらなかつたものと認められる。)をしているのだから、特別外貨資金を使用する方法を研究してくれと指示し、岩崎課長らは右指示にもとづき、これを検討し、同被告および訴外会社と協議の結果、被告斉藤が同会社の顧問として同会社の用務で外国旅行をすることにして、訪問先はアメリカ合衆国、カナダおよびブラジルの貿易商社一〇社、旅行目的は「茶、みかん、雑貨の市場調査および販路拡張のため」ということで、同会社から同月二八日日本銀行に対し特別外貨資金使用許可の申請をしたところ、外務省内に設けられてある海外渡航審査連絡会の承認を経たうえ、四月三日その許可がなされたこと。

(四)  このようにして、外貨資金使用の許可が得られたので、被告斉藤は知事として、前記のとおり四月一〇日付で本件旅行命令を発し、同月一二日付で本件支出命令(ただし、外山出納室長が代決)を発したこと。

(五)  そして被告斉藤は、本件旅行命令の旅行日程により知事として海外視察の外国旅行をなしたこと。

以上のとおり認められる。前掲証人黒田清治、外山良造、岩崎祐一、木内新次の各証言および被告知事兼被告斉藤寿夫本人尋問の結果中以上の認定に反する部分はそ信できず、右認定を動かすに足りる証拠は存しない。

三、以上の事実によれば、本件旅行命令は被告斉藤の訴外会社顧問としての私的旅行のために発せられたものではなく、かつ、同被告の現実になした旅行も右私的旅行ではなかつたことが明らかであるから、前者を理由とする請求原因三、(一)、1の主張、後者を理由とする同四の主張は、いずれもその余の判断に進むまでもなく失当であるといわなければならない。

四、そこで次に、旅券法違反ないし外国為替管理法違反を前提とする請求原因三、(一)、2、(イ)、(ロ)の主張について判断する。

(一)  旅券法違反を前提とする請求原因三、(一)、2、(イ)主張は失当であるというべきである。すなわち、被告斉藤が昭和三二年四月一〇日付で一般旅券の発給をうけたことは右のとおり当事者間に争いがないところ、原告は右旅券の名宛人は訴外会社顧問たる斉藤寿夫であつて、静岡県知事斉藤寿夫ではない、と主張するのであるが、旅券法上旅券は公用旅券(国の用務のための渡航者に対して発給される旅券、したがつて地方自治団体の用務のための渡航者に対しては発給されない)と一般旅券(公用旅券以外の旅券)とに分たれる(第二条)が、その名宛人はたんなる自然人であつて、一定の資格、地位と結合した自然人でないことは同法の解釈上明らかである(証人井上実の証言参照)。原告の所論は旅券法の誤解にもとづく謬論であつて、とうてい採用しがたいものであるといわなければならない。

したがつて、旅券法違反を前提とする右主張はその余の判断におよぶまでもなく失当であるといわなければならない。

(二)  また、外国為替管理法令違反を前提とする請求原因三、(一)、2、(ロ)の主張も理由がないといわなければならない。原告主張の外貨資金特別割当制度実施要領(昭和二八年八月一五日付、蔵為第二二九三号及び二八通第一八一三六号日本銀行総裁宛、大蔵大臣及び通商産業大臣通牒)は、輸入貿易管理令およびこれに基づく命令ならびに外国為替管理令およびこれに基づく命令の規定の範囲内において、貨物を輸出した者(輸出者)等に特別外貨資金の使用を認めているのであるが、貿易商社の顧問は同要領別表第一第五号にいう輸出者等の「役員または使用人」として、別表第二第一号の「貿易の振興に関して本邦外に旅行し、または滞在するための費用の支払」(貿易外支払)について、特別外貨資金を使用することができるというべきである。しかしながら、右の「貿易の振興に関し」とは、本制度の趣旨が貨物を輸出した者(輸出者)ないしこれと一定の関連を有する者に対し、その輸出によつて取得された外貨資金の額の一定割合に相当する額の外貨資金を、簡単な手続によつて特定品目の貨物の輸入または貿易外支払に使用させることにあるのにかんがみ、「当がい輸出者等自身のための貿易の振興に関し」という意味であり、国または地方公共団体の職員や政治家などが、公共的見地から国または地方公共団体の貿易一般の振興に関し本邦外に旅行または滞在するための費用の支払のごときに、特別外貨資金を使用することは本制度の認めるところでないといわなければならない。

そして、このことを被告知事および斉藤が特別外貨資金使用許可申請および本件旅行命令発令当時、認識していたことは、前認定のとおり、右特別外貨資金使用許可申請にあたつて、その旅行目的を、被告斉藤が静岡県知事として静岡県の貿易の振興のために外国旅行をするというのではなく、静興貿易株式会社顧問として同会社の貿易の振興のために「茶、みかん、雑貨の市場調査および販路拡張」という用務で外国旅行をするものであるとして、その申請をなしている事実および本件弁論の全趣旨からみて推認するにかたくない。

以上の事実によれば、被告知事は、本件旅行命令の発令のさい、その旅行は、旅行者たる被告斉藤としては前記特別外貨資金の使用の許可を得ることができないばあいであるのに、日本銀行に対し虚偽の旅行目的等により許可申請をしてその許可を得た特別外貨資金を使用してなされるものであることを認識しながらがい命令を発したものというべきである。

ところで、旅行命令の発令は、ほんらい旅行命令権者の自由裁量に属する処分であつて(原告のき束裁量の処分であるとの主張は採用しない)、その裁量権の濫用ないしゆ越があるばあいにのみ違法となるものと解すべきである。

そこで、これを本件についてみるのに、右のような被告知事の認識(内心的なもの)は旅行命令(外部的なもの)自体には表示されていないところの、いわば行政処分の動機、縁由にとどまること、右許可申請の理由の内容が虚偽であつたにせよ、所轄官庁の許可自体は適法有効なものであつて、そこにはなんら外国為替管理法令の違反は存しないことから考えると、本件旅行命令の発令が裁量権の濫用ないしゆ越であると直ちに断ずることはできないというべきである。

以上のとおりであるから、被告知事が、特別外貨資金の使用許可申請にあたつて虚偽の旅行目的等による申請をなさしめてその許可をえた被告斉藤に対し、右外貨を使用して知事としての公務旅行をすることを認識しながらあえて旅行命令を発したことについては、一般に不明朗な感を与えたことは成立に争いのない前掲甲第一号証の二、三によつて窺われるのであるが、このことは本件旅行命令のかしとして法律上問題となるものではなく、結局被告斉藤の知事としての政治的、道義的責任の問題として解決されるべきものである。したがつて、原告の右主張は失当であるといわなければならない。

五、以上によれば、本件支出命令は、本件旅行命令のかしを承継した違法なものである旨の請求原因三、(二)、1の主張も失当であることが明らかである。

六、そこで進んで、同2の主張すなわち本件支出命令の固有のかしの存否について判断する。

本件支出命令の発令は外山出納室長が代決したものであること、その当時原告主張の訓令の規定が存したことは、前述のとおり当事者間に争いがない。ところで、被告ら主張の行政上の慣例についてはこれを認めるに足りる証拠がないから、右発令は、右訓令の規定に反する(その支出が重要かつ異例なものであるかは別としても)かしを有することは明らかであるが、このかしはほんらいの支出命令権者たる知事の追認によつて治ゆされるものと解すべきである。しかるところ、本件弁論の全趣旨によれば、知事はそのころ右代決を追認したことが認められるから、これによつて右かしは治ゆされたものというべきである。したがつて、原告の右主張も失当である。

七、以上によれば、本件旅行命令および支出命令はいずれも違法とまでいえないから、右各命令の違法なことを前提とする被告斉藤に対する損害補てんの請求もその理由のないことが明らかである。

八、むすび

以上のとおりであつて、原告の主張はすべて失当であるから、これを理由とする本訴請求はすべて理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大島斐雄 藤原重美 合谷基子)

(別紙省略)

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